A1級ボートレーサー「原田幸哉(はらだ・ゆきや)」を紹介!「原田ンプ」の異名を持つ超攻撃派レーサーの魅力とエピソードを深堀り!
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原田幸哉(はらだ・ゆきや)といえば、「原田ンプ」という強烈なニックネームが象徴するように、思い切りのいい攻めでファンを魅了し続けるトップレーサーです。
2025年現在もA1級を維持し、度胸満点のレースで存在感を放つ原田ですが、その裏には沖縄移住や長崎支部への移籍、さらには5人の弟子を育てるなど、実はドラマチックな背景がたくさんあります。
本記事では、そんな原田幸哉のこれまでの歩みやレーススタイル、家族、弟子との関係、話題になったエピソード、そして最新の成績まで、まとめて分かりやすくご紹介していきます!
2025年12月・原田幸哉が他艇との接触事故により途中帰郷!
ボートレースとこなめで開幕したG1「開設72周年記念競走トコタンキング決定戦」。
シリーズ初日となったこの日、原田幸哉が8Rで他艇と接触し、転覆のアクシデントに見舞われました。
その影響で、残念ながら初日で途中帰郷となっています。
同シリーズは2025年12月4日から9日までの6日間開催で、原田も初日から2走に出場。
前半の3Rでは6号艇ながら見事3着に入り、まずは舟券に絡む好スタートを切りました。
しかし、2走目の8R。
原田は2号艇で出走し、コース取りで1つ内に入ってイン戦を選択。
スタートは0.15と決めたものの、1周目の第1ターンマークでは逃げられず、バックストレッチでは3艇が並ぶ先頭争いの外側に位置する展開になりました。
続く第2ターンマークで、原田はまくり差しを狙います。
しかし、内から伸びてきた4号艇・白神優と接触し、そのまま転覆。
さらに3号艇・岩瀬裕亮も巻き込まれる形で転覆、大きなアクシデントとなりました。
原田は転覆により失格となり、シリーズ初日で公傷による途中帰郷が決定しています。
SNSでの反応は?
年末のSGグランプリへの影響は?
公傷による途中帰郷ではあったものの、その後にケガの詳細や欠場に関する追加の発表は特にありません。
むしろ、賞金ランキング14位で出場権を勝ち取ったSGグランプリをはじめ、その後のレースの斡旋もしっかり入っている状況です。
とはいえ、転覆後の詳しい状態が公表されていない以上、不安が残るのも正直なところです。
今は焦らず、公式からの発表を待ちながら、万全の状態で戻ってきてくれることを祈りたいですね。
原田選手の途中帰郷、やっぱり心配ですよね…。
その後に詳しい発表がないのは不安です。
今は騒がず、落ち着いて発表を待つのが一番じゃ。
きっと元気な姿で戻ってくるはずじゃよ。
長崎支部のA1級ボートレーサー・原田幸哉のプロフィール!
原田幸哉は、1975年生まれの愛知県出身のベテランレーサー!
76期のメンバーとしてデビューし、横西奏恵や瓜生正義、魚谷智之といった実力者たちと同じ期で腕を磨いてきました。
身長は172cm、体重は54kgとスリムな体格で、スピードある走りが持ち味です。
現在は長崎支部に所属しており、ホームはボートレース大村。
デビュー当初は地元・愛知支部でしたが、今は長崎県を拠点に精力的にレースへ挑んでいます。
そして原田といえば、ファンの間でおなじみの愛称「原田ンプ」!
独特の響きで、多くのボートレースファンに親しまれているニックネームです。
ボートレーサーを目指したきっかけ
今でも第一線で活躍し続けている原田幸哉ですが、そもそもボートレーサーを目指すきっかけはどこにあったのでしょうか?
実は原田のお父さんが大の競艇ファンだったそうで、小さい頃から一緒にレース場へ足を運ぶ機会が多かったんです!
そのうち自身もボートの世界にどんどん惹かれていき、「自分もレーサーになる!」と中学生の頃にはすでに進む道を決めていたといいます。
その夢を本気でつかむため、まずは体作りを目的に海上自衛隊へ入隊!
3年間の厳しい訓練を乗り越えた後、満を持してボートレーサー養成所の試験に挑戦し、なんと一発で合格!
なお、原田のように自衛隊出身のボートレーサーは意外と多く、体力・精神力の基盤作りとして同じ道を選ぶ人も少なくないようですよ!
同期は化け物レーサーだらけ!?
原田幸哉の養成所時代の勝率は6.64。
優出こそ2回で優勝には届きませんでしたが、同期の中でも存在感のあるレーサーとしてしっかり頭角を現していました。
同じ76期には、後に女子王座決定戦(現PG1レディースチャンピオン)を3度も制した横西奏恵元選手が養成所チャンプとして君臨しており、同期のレベルは非常に高かったんです!
さらに、後に日本モーターボート選手会長となる瓜生正義も同期!
当時の養成所では「点増し制度」が採用されており、1着を取ると10点以上ものポイントが付与される特殊ルールがありました。
それでも勝率8.00を超える人が10年に一人出るかどうか…と言われていた環境で、瓜生はなんと勝率10点台に突入!
あまりの成績に制度そのものが見直され、後から勝率が計算し直されたほどです。
今の原田の勝負強さや精神的なタフさの土台は、まさにこの76期の猛者たちと過ごした養成所時代に育まれたのではないでしょうか。
同期が横西奏恵元選手や瓜生正義選手みたいな超強豪ばかり…。
ハイレベルな環境だったんですね!
その中で着実に力をつけた原田選手のタフさは、今の走りにしっかり生きとると思うぞい。
原田幸哉の師匠・弟子は誰?あの選手との確執も!
師匠はいないが弟子は5人いる!
原田には、どうやら師匠と呼べる存在はいないようです。
理由は明かされていませんが、自分のスタイルを貫きたいという思いがあったのかもしれませんね。
その一方で、原田自身は柳沢一、横家翔一(2021年引退)、後藤陽介、水野望美、羽田妃希の5名を指導。
弟子を持たない選手も多い中で、5人を育てているのはかなり珍しいパターンです!
また、羽田妃希は原田が長崎支部に移籍したため、普段の技術面では同じ愛知支部の河村了を師匠とし、サポートを受けているそう。
原田には、LINEで精神面の相談に乗ってもらったり、走りを動画で見てもらってアドバイスを受けたりと、距離を感じさせない交流が続いているとのことです。
原田選手って師匠はいないのに、逆に弟子は5人もいるんですよ!珍しいですよね!
それだけ慕われる人柄と技術があるということじゃのぉ。
松井繁との確執の噂!「原田ンプ」というニックネームはここから!
【松井繁ブチギレ】これぞ水上の格闘技【伝説喧嘩ダンプ】
原田は、思い切りのいい攻めで勝負するスタイルが特徴で、多くのファンを魅了してきました。
一方で、その強気すぎる走りが批判を呼ぶこともあります。
中でも大きな話題となったのが、2007年のSG「ボートレースオールスター」優勝戦!
原田はピット離れから強気に動き3コースを確保。
1コースには同期の瓜生正義が入り大注目の一戦となりました。
スタートはほぼ横並び。
第1ターンマークでは瓜生が膨れ、その内を松井繁が差して先頭争いへ。
原田は後方3番手でしたが、第2ターンマークで遠い位置から強烈な長距離ダンプを仕掛け、瓜生と争っていた松井の艇を弾き飛ばします!
その結果、瓜生がトップに立ちSG初優勝!
原田も2着に入り、76期のワンツーフィニッシュとなりましたが、場内は歓声と怒号が入り混じる異様な空気に包まれました。
この件で松井との確執が噂されましたが、のちに普通に交流があったため、どこかで和解があったとみられます。
そして、このレースの衝撃的なダンプをきっかけに、原田には「原田ンプ」という愛称が生まれ、今もファンに親しまれています!
原田選手って「原田ンプ」って呼ばれてる強烈なダンプでも有名なんですよね!
あの大騒ぎになったレースじゃな。
同期の瓜生選手との絆が表れたレースじゃったのぉ。
原田幸哉の2025年の優出・成績一覧をチェック!
2025年シーズンの優出一覧!
| 開催日(2025年) | 開催場 | グレード | 開催レース名 | 艇番 | コース | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1/13 | 徳山 | 一般 | 西部記者クラブ杯争奪戦 | 1号艇 | 1コース | 優勝 |
| 1/22 | 津 | 一般 | にっぽん未来プロジェクト競走in津 | 1号艇 | 1コース | 優勝 |
| 2/1 | 大村 | G2 | 第28回モーターボート誕生祭 | 2号艇 | 2コース | 3着 |
| 5/14 | 大村 | 一般 | ミッドナイトボートレースin大村3 | 3号艇 | 3コース | 3着 |
| 5/22 | 尼崎 | 一般 | 「B面の神戸」ええとこええとこBTS神戸新開地杯 | 4号艇 | 4コース | 2着 |
| 6/12 | 桐生 | G1 | 開設69周年記念赤城雷神杯 | 4号艇 | 4コース | 2着 |
| 6/21 | 三国 | 一般 | 福井ユナイテッド杯 | 4号艇 | 4コース | 5着 |
| 7/20 | 大村 | G2 | ボートレース発祥地記念第29回モーターボート誕生祭 | 4号艇 | 4コース | 5着 |
| 8/9 | 大村 | 一般 | 日本財団会長杯 | 1号艇 | 1コース | 優勝 |
| 9/9 | 三国 | 一般 | 三国港解禁ふくい甘えび杯 | 1号艇 | 1コース | 2着 |
| 9/30 | 丸亀 | G3 | マスターズリーグ第6戦マクール杯 | 1号艇 | 1コース | 優勝 |
| 11/8 | 浜名湖 | G1 | 浜名湖賞開設72周年記念 | 2号艇 | 3コース | 優勝 |
2025年の原田は、序盤から安定した走りを続けていて、本当に勢いがあります!
特に1コースでの強さは圧巻で、出場した優勝戦ではしっかり結果を残しています。
まず年明けすぐの1月、徳山の「西部記者クラブ杯争奪戦」と津の「にっぽん未来プロジェクト競走」で、どちらも1号艇・1コースから危なげなく優勝!
原田らしい速さと安定感が光ったシリーズになりました。
2月の大村G2「モーターボート誕生祭」では2コースから優出3着と、上位をキープ。
その後の一般戦でもコンスタントに優出し、着をまとめるレースが目立ちました。
6月の桐生G1「赤城雷神杯」では4号艇から2着に入り、ビッグタイトルでも存在感をしっかりアピール。
7月の大村G2でも優出5着となり、グレード戦での経験値を積み重ねています。
夏以降は再び調子を上げ、8月の大村「日本財団会長杯」では1号艇から優勝!
そして9月の丸亀G3「マスターズリーグ第6戦」でも1コースから盤石の優勝を決め、ベテランとしての貫禄を見せつけました。
極めつけは11月の浜名湖G1「浜名湖賞」。
ここでは2号艇で3コース進入から見事にG1優勝!
攻めの姿勢と勝負強さがしっかり噛み合った、原田らしいレースでした。
2025年前期と後期シーズンの成績!
| 区分 | 前期 | 後期 |
|---|---|---|
| 級別 | A1級 | A1級 |
| 出走数 | 115走 | 103走 |
| 1着数 | 31回 | 33回 |
| 勝率 | 6.52 | 7.04 |
| 1着率 | 26.9% | 32.0% |
| 2連対率 | 39.1% | 47.5% |
| 3連対率 | 55.6% | 59.2% |
| 優出 | 2回 | 3回 |
| 優勝 | 1回 | 2回 |
| 平均ST | 0.12 | 0.12 |
2025年シーズンは、前期も後期もA1級をキープし続けていて、ベテランらしい安定感が際立つ内容になっています!
まず前期(1〜6月)は115回出走し、勝率6.52。
1着は31回で、1着率は26.9%。
優出2回のうち、きっちり1回は優勝と、取りこぼしの少ないシリーズになっています。
一方で後期(7〜12月)はさらに調子が上向き!
出走数は103走ながら、1着数は33回に増加。
勝率も7.04まで上昇し、1着率は32.0%と大幅アップしています。
2連対率・3連対率もそれぞれ47.5%、59.2%と、数字の面でも安定感がしっかり見えてきました。
優出3回のうち2回が優勝という決定力も素晴らしいです。
そして前期・後期どちらも平均スタートは0.12。
年間通してスタート感が落ちないのは、トップレーサーとしての大きな強みですね!
原田選手の2025年の成績、めちゃくちゃ安定してますね!
さすがトップレーサーって感じです!
前期も後期も平均STが0.12とズレんあたり、経験に裏打ちされた勘が冴えとる証拠じゃな。
原田幸哉のプライベートな一面:結婚や家族・移住について
オンとオフを分けるために沖縄に移住?
原田は、長く暮らしていた愛知県から思い切って沖縄県へ移住しています。
その理由として本人が語っていたのが、「オンとオフをしっかり分けたかったから」というもの。
愛知には常滑と蒲郡の2つのボートレース場があり、場外舟券売り場もいくつも点在しています。
その環境だと、休みの日でもどうしてもボートレースの情報が耳に入ったり、どこかで視界に入ったり…と、完全なオフを作るのが難しかったようです。
一方、沖縄にはボートレース場も場外舟券売り場もゼロ。
ボートレースに触れる機会が自然と少なくなるため、プライベートと仕事をしっかり切り替えられるようになったといいます。
さらに、移住後にもう一つの思いも芽生えたそうです。
それが「沖縄の人にもボートレースを知ってもらいたい」という気持ち。
実際に住んでみてボートレースの認知度が非常に低いことに驚き、その分もっと興味を持ってほしいと感じるようになったとインタビューで語っています。
なぜ愛知支部から長崎支部へ移籍したのか
沖縄への移住だけでなく、所属も愛知支部から長崎支部へと変更しています。
その理由については、「現在の奥さまの出身地が長崎だから」とご本人が話していました。
年末年始やゴールデンウイークといった大型休暇の時期には、大村で走ることが多く、いわば地元凱旋のような形になります。
レース日程と奥さまの実家への帰省タイミングを合わせやすいことも、移籍を決断した大きなポイントだったのではないでしょうか。
さらに、原田が所属する長崎支部には同じ76期の樋口亮、津留浩一郎、吉村和也(2021年引退)が在籍しており、そのおかげで新しい環境にもスムーズに馴染めたと語っています。
気心の知れた同期が周りにいる環境は、原田にとっても心強かったはずです。
再婚相手のお嫁さんについて
私生活で特に注目された出来事といえば、1997年に結婚した奥さまとすでに離婚していたという点。
公に大きな報告があったわけではないため、いつ離婚したのかははっきりしておらず、ファンの間でも話題になりました。
その後、2009年に現在の奥さまと再婚。
ちなみに、原田が愛知支部から長崎支部へ移籍したのは前の奥さまではなく、今の奥さまの出身地が長崎だったため。
再婚後の家族環境に合わせて、新たな拠点を選んだ形になります。
娘はモデルの「原田夢華」
原田には、モデルとして活躍している原田夢華さんという娘さんがおり、ぱっちりした目鼻立ちに加えてスラッとしたモデル体型の持ち主です。
写真を見るとよく分かりますが、高身長で知られる原田の隣に立ってもまったく負けていない存在感。
そのビジュアルの良さが注目を集め、SNSでも人気を集めているのもうなずけます。
夢華さんのSNSでは、原田との仲の良いツーショットもたびたび投稿されており、親子の距離感がとても近いことが伝わってきます。
ボートレースとは違う世界で活躍する娘さんを、原田も誇らしく思っているのではないでしょうか。
元プロ野球選手の井端弘和との交流
原田は、実は元プロ野球選手の井端弘和さん(中日ドラゴンズ・読売ジャイアンツで活躍)と仲が良いことでも知られています。
2009年に常滑で行われたSG「チャレンジカップ」では、井端さんが原田のもとへ激励に訪れました。
その際に井端さんが「愛知のエースはもうお前じゃなくて池田浩二だぞ」と冗談交じりにイジったそうで、原田は思わずカチンと来たとか。
とはいえ、その言葉が結果的に火をつけたようで、優勝後のインタビューでは「逆に励みになった」と振り返っています。
ジャンルの違うトップアスリート同士がこうして交流しているのは、なんだか聞いている側も嬉しくなりますね。
沖縄移住や長崎への移籍、娘さんや井端さんとの交流まで、プライベートでも話題が多い選手ですね!
環境や人との縁を大切にしておるからこそ、今の原田選手の魅力につながっとるんじゃな。
まとめ:原田幸哉は強気な走りでファンを魅了する唯一無二のボートレーサー!
原田幸哉は、豪快な攻めで勝負する「原田ンプ」の異名を持つ唯一無二のレーサーです。
強気な走りで賛否が分かれる場面もありますが、迫力のあるレースは多くのファンを惹きつけ続けています!
プライベートでは沖縄への移住や長崎支部への移籍など、環境を大きく変えながら競技に向き合ってきました。
娘の原田夢華さんがモデルとして話題になるなど、家族との関係も注目されています。
2025年もA1級を維持し、優勝や優出を重ねるなどベテランらしい安定感は健在!
これからも原田らしい攻めの走りで、ファンを魅了してくれることでしょう。
原田選手って本当に唯一無二のレーサーですね!競技への向き合い方もすごく個性的だなって感じました!
2025年もA1級を維持し、しっかり優出・優勝を積み重ねておるし、まだまだ進化しそうじゃな。

- つぎつぎ
- 競艇歴1年目の新人ライター。鹿児島県出身、東京在住の24歳。
昔はギャンブルがあまり好きではなかったが、最近は考えが変わり、ギャンブルだけで生活するのも悪くないと思っている。
趣味は、ゲームとeSports観戦とゲーム配信を見ることで、ゲーム三昧な日々を送っている。
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