競艇界のレジェンド「今村豊(いまむら・ゆたか)選手」が引退!引退理由やいままでの活躍まとめ
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競艇界の「レジェンド」、「今村豊(いまむら・ゆたか)」選手が2020年10月8日引退を発表しました。
今村元選手は、山口支部所属の59歳。
1981年のデビューから39年5カ月にわたりトップを走り続けました。
SGで7回、G1で48回の優勝を飾り、通算優勝は142回、通算1着回数は2880回にも及びます!
メニエール病を患いながらも、さまざまな偉業を成し遂げた今村元選手。
その活躍や引退理由をまとめました。
今村豊元選手のプロフィール
今村豊元選手は、山口県出身、1961年6月22日生まれの59歳。
妻は元ボートレーサーで同期の真知子さんです。
1980年に48期生として本栖研修所に入所。
山口支部の選手として1981年5月に「ボートレース徳山」でデビューしました。
引退レースは、デビューの地である徳山で2020年9月に行われたGI「ダイヤモンドカップ」。
引退発表会見の中では、「引退をデビューと同じ徳山でレースがでできたのは幸せだった」と振り返りました。
そして、なんと生涯獲得賞金は歴代2位の29億4144万6172円。
まさに「レジェンド」と呼ばれるにふさわしい選手でした。
「全速ターン」という新たな概念をボートレース史に刻む
かつて、コーナーではスピードを落とすのが常識だったボートレースにおいて、今村元選手はアクセルレバーを握ったまま旋回する「全速ターン」を開発しました。
現在ではほとんどの選手がこのターンを習得しており、レースでは欠かせない技術となっています。
そんな「全速ターン」をボートレース史に初めて刻んだのは、今村元選手だったのです。
当時、このターンで周りをとても驚かせたのじゃ
引退の理由は「最低体重制限」
今村元選手は、会見の中で引退の理由を最低体重が11月より52キロに変更されることがきっかけだと明かしています。
ボートレースではレーサーの体重が軽いほど有利となりますが、健康上の理由で現在は最低体重制限が51キロと設けられています。
今村元選手は、この「体重管理」に苦しんできたそうです。
体重が軽い今村元選手にとって、食べたくなくても食べなければならないという体重を無理やり増やすことへの苦痛を感じていたそうです。
そして、最低体重が11月から引き上げになることを期に、限界を感じたと言います。
確かに、無理に沢山食べるのは辛いかもしれないです…
「メニエール病」により過去引退を考えたことも
40代前半にメニエール病を患った今村元選手。
メニエール病とは、日常生活に支障をきたすほどのめまいが繰り返し起こる病気です。
この発作のために欠場になる回数が増え、周りへの迷惑を考え引退を考えたことがあったそうです。
しかし、諦めずに59歳まで現役を続行し、今回引退に至りました。
今村豊元選手のSG優勝歴
今村元選手は、デビューからわずか3年でSG初優勝を果たし、それから引退まで計7回もの優勝を飾っています。
そんな今村元選手のSG優勝歴をまとめてみます。
- 1984年 第11回笹川賞競走(浜名湖)
- 1987年 第34回全日本選手権競走(平和島)
- 1988年 第35回全日本選手権競走(多摩川)
- 1990年 第37回全日本選手権競走(戸田競)
- 1992年 第38回モーターボート記念競走(浜名湖)
- 2004年 第39回総理大臣杯競走(福岡)
- 2010年 第56回モーターボート記念競走(蒲郡)
5回目の優勝までは、全て3コースより外から制しています。
中でも、1984年の笹川賞では、6コースからSG初優勝。
驚きの成績を残しています。
この記録からも、今村元選手の強さが伝わってきますね。
今村元選手自身が最も印象に残るレースは、平和島で1987年に行われた「第34回全日本選手権競走」だと振り返っていました。
笹川良一会長と橋本龍太郎運輸大臣に、直接表彰してもらったのが印象に残っているそうですよ。
「賞金王」の夢は白井英治選手につなぐ
ボートレース人生において、「やり残したことない。満足感でいっぱい。だと語った今村元選手。
最後までグランプリだけは勝てませんでしたが、後悔はないと言います。
弟子の白井英治選手は、「唯一今村元選手がなれなかった賞金王(グランプリ)を取りたい」と語っています。
今村元選手は、「もちろんグランプリは獲れたら獲りたかったけど、全て獲ったら何もかもが面白くなくなりそう」「夢を白井英治につないだと思っていただければ」と微笑みながら語りました。
今後の白井選手のレースも楽しみですね。
白井選手からのビデオメッセージ、感動で泣きそうになりました(涙)
弟子からも愛される選手だったのじゃのお
まとめ:「ボートレース殿堂」の第1号となった今村豊元選手
「全速ターン」を初めて行った選手であったり、SGで7回もの優勝を飾るなど、まさに競艇界の「レジェンド」だった今村元選手。
今村元選手は、引退をして肩の荷が下りホッとしており、「今後はゆっくり、のんびり生きたい」と語っています。
本当に、お疲れ様でしたという気持ちでいっぱいになりますね。
そして、引退発表会見の最後には、ボートレース振興会から引退したボートレーサーを対象とした「ボートレース殿堂」の第1号に今村元選手が内定したことが伝えられました。
今後も数々の伝説が語り継がれることでしょう!
今村選手、お疲れ様でした!
たくさんの感動を届けてくれて感謝じゃな
- ぴこ
- ボートレース初心者。ファンである某俳優の出演CMを見て、競艇を始める。
調べれば調べるほど奥が深いボートレースに心奪われ中!
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